復活のF

Eテレの「シャキーン!」を見ていたらマキシマムザホルモンの上ちゃんが出ていたんですね。ベースの音圧で棒倒しをするというコーナーが以前あって、それが紙相撲になっていました。彼はこのコーナーの常連です。

懐かしいなと思って通勤中に聴いてみたんですよ。シャッフルしてかかった1曲目は「What's up, people ?!」でした。カッコ良いのと面白いので鳥肌立ちながら笑いました。その次が「F」。泣きそうになりました。

 

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この「F」という曲はご存知ドラゴンボールのフリーザをモチーフにした曲です。初めて聴いたのはYoutubeのMADでした。公式かと疑うほど高いクオリティで、曲調、歌詞、映像、世界観のすべてがマッチしていて繰り返し視聴したのを覚えています。

 

一気に話が飛躍するのですが、この時感じたのは「子どもをインターナショナルスクールに入れるという選択肢はないな」ということでした。

 

「金銭的に選択肢にない」という話を金持ちのタイ人上司にしたことがあるんですよ。そのとき言われたのが「教育は費用じゃない。投資だ。いくらかかるかじゃない。いくら戻ってくるかを考えるんだ」ということでした。それはそうだなと思いつつも、子どもから将来得るリターンを勘定するなんていやらしいな、と率直に思ったのは確かです。リターンとかじゃなくて子どもにとって一番幸せな環境に入れてやりたいってのが親心じゃないですか。子どもにとっての幸せを親が決めるっていうこと自体が親のエゴであるということは置いといて。

 

そう考えたときに、もしかしたらインターナショナルスクールに入れることが子どもにとって一番幸せな環境かもしれない、と思うことがないわけでもないのです。でもその都度思い直すんです。俺は子どもに日本語を完璧に使えるようになってほしいと。ここで言う「完璧」というのは、日常生活やビジネスに困らない、というレベルじゃない。日本語で小説を読んだり歌を聞いたりして、心の底から感動できるというレベルです。小さい頃にドラゴンボールを夢中で読んだ、社会ではオウム真理教の事件があった、それを経て大人になって「F」を聴いてカタルシスを得ている自分。極めて個人的、内省的な体験であって、それを子どもにも味わってほしいと言うのは何かどうなんだろうなとも思いつつ、そういう体験を子どもにもさせてやりたいなと思います。

 

インターナショナルスクールに行ったらそういう体験ができないのか?というと必ずしもそうではないでしょう。好きだったら漫画だろうと小説だろうと自分から読むはずです。そうして育っていけばあるいは自分が望むような体験も自然と出来るのかもしれません。でもそうならないかもしれない。結局、自分が育ってきた環境と異なる環境で子どもを育てることでどうなってしまうのか、その不安が大きいのでしょう。つくづく、業というものを感じます。

 

さて、ホルモンについてはこの「F」辺りから追いかけることが出来なくなったんですが、Wikipedia見てもちょうどその後しばらく新作はリリースされてなかったんですね。ドラムのナヲの結婚・出産などが影響しているのでしょうか。2013年に新作アルバムが出てるみたいなんでチェックします。その後もシングル/アルバムこそ出していないですが、活動は普通に続いているみたいですね。